朝明の淡い街中を歩いている。  昨日のことが書かれた新聞が飛ばされていた。  ひらめくそれを捕え何気なく目を通す。最近の恋愛詩は14行のものが流行りらしい。それと愛するものの瞳を恒星に喩えることも。瞳を星々と等しく光源体であるように謳いあげていた。  反対を向ければ一面を占める記事がある。  「彗星現る、最接近は月末か」  もう何十回と観た1世紀を待たずにやってくるものとは違い、今回のものはまだ幼い頃に一度見たきりのあの星だった。

幼少の記憶とは不思議なもので、父の書斎にあった斑雪模様の石の手触りだとか、屋敷の階段を登るくぐもった足音だとか、そういう妙なものをよく覚えていた。  その中のひとつにこの星を見た晩の記憶があった。草原を彗星の駆ける方へ走っていて、どうしても捕まらないから夜空に手を伸ばしてひっぱったのだ。すると星はさらりと空から落ちてきて、その緑が目の前で煌めいた瞬間、それは瞳に飛び込んできた。そういう記憶だ。  今思えばただの夢だったと思うが、次の日の朝、鏡に映る自身の瞳を見て、彗星の尾とそっくりの色に驚いたのを覚えている。

それからだろうか。天体に関する記憶は鮮やかに記憶されていたように思う。四季と共に巡る星々の様子。そして何よりも厄災のことを。  初めて厄災を見上げた時のあの透き徹る気持ちを殊更に憶えている。踏み出した芝が夜露に濡れていて、つま先が冷たかったことも。それが綺麗な満月だったことも。  この長い時の中で記憶は崩れていくばかりだが、これだけは忘れないだろうと思う。

千年近くの時を経てやってくる彗星の再訪に期待しながら、しばし取り留めもない記憶たちを遡っていた。

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